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『時々タイムスリップ』 おやじとバイク、僕も行く

アパートを出て程よい交通量の道を歩いて行く。
4月になると陽気の中に黄色い水仙が咲き、5月になると雨の中に色っぽいアヤメが群をなす湿地を左手に見ながら、1分程で牧場の入り口に着くんだ。
いつでもマツの落ち葉で赤茶色の地面をしている入り口を抜け、ジャリ道を行く。

ジャコジャコジャコジャコ…

左手に牧草地、やがて右手にも牧草地。
ここでは、柵に囲まれているのは牛ではなく僕の方かもしれない。

食肉牛の生まれたての子牛は犬のように活発で、興味心身と近づいてくる。
あまりの目のきれいさに、ぶちぶちとちぎった草をやろうとしてもふいっと離れていってしまう。

触りたいなぁ。

だけど注意!手を伸ばしすぎて鉄線に触れたらビリッとなるけんね。


さらにジャリ道を進み桜並木を抜けると、誰でも立ち止まってしまう立派な『しだれ桜』があって、その向こうの高台に公園(グランド)があった。

いつもここのベンチで一休み。
缶コーヒーをパコリと開け(ジョージアのロング缶)、タバコに火をつけ(昔は吸ってた)、ごろりと横になるんだ。
誰もいない静かなこの場所が好きだった。

吹き出すタバコの煙りは白んだ春の青空に消え、ちぎれ雲は西から東へと流れて。

ここはね、北国の『岩手牧場』。

20歳になったばかりの学生ありけんは、散歩がてら晩飯の山菜を取りにやって来てたんだ。


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【東京は小平市。駅から離れた土手にて。】


田舎育ち、おばあちゃんっ子の僕は、春になるとよく山菜を採りに出かけた。
そこら辺に生えてるものが、ちゃんとした料理になって出てくるのが嬉しかった。
つくし、セリ、ワラビ、ゼンマイなど、自分が食べて好きなものはよく採りに行った。

買えばいいんじゃ。と言う人もいるが、自分で釣った魚を食べる釣り好きと同じ感覚なんだろう、採りに行って食べるのが好きだった。
それにつくしは売ってなかったし(岩手じゃ、そこら中に生えていて売り物にならない)。


小川の周りでたくさんのつくしやセリを採った僕は(クレソンはおいしくないので採らない)、若草の牧場を当てもなくずんずんと歩いていった。
丘をそのまま開拓して作られた牧場はたいてい水平ではなく、緩やかに大きく波打っている。
その窪みの部分で昼寝をしてたんだ。

携帯電話なんて普及しきってない時代、片手大程の目覚まし時計を近くに置き。
春とはいえ手をかざしてしまう14時の日差しを片手でかくし。

緑の大地の中で眠る若者の絵をきれいに想像出来るかもしれないが、実際はアリや羽虫達は元気がよすぎた。
顔や手なんておかまいなしに横切ってゆくし。


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【東京は世田谷、桜上水のある敷地にて。桜の頃、寝っ転がった世界。】



浅い眠りから覚めて間もなく、西の丘陵から一人の男が歩いて来るのが見えた。
はじめはぼーっと見ていたのだが、その足取りは確かでまっすぐにこちらに向かってくるので、悪いことはしてないよなぁと思い返してしまった。
遠近法とはどうゆうものかを分かりやすく教えてくれたおやじは、40歳くらいで、感じよくしゃべりかけてきた。

ここはよい場所だな。
よく来るのか?
ここで何をしている?
若いのに見所があるな。

一人でいたかった僕なのだが、おやじのカブ(50ccの新聞配達バイク)に乗せられて『秘密の場所』に連れていかれることになった(二人ともヘルメットなし)。

牧場は本当に広かった。
一日で歩いて回れる広さではなく、都内で言えば一つの区や市よりも大きく、牧場の果てがどうなっているのかは、よく来る僕も知らなかった。

ポッポッポッポッ…
ジャゴジャゴジャゴジャゴ…

大きく緩やかに波打つ牧草地のジャリ道を、2ケツしたバイクが行く。
夕日に変わる前の太陽はバイクの影を程よく伸ばし、この新緑の絵を遠くから撮った写真家がいたとしたら入賞していただろう。


ここには、たらの芽。
この小川には、イワナとヤマメ。
ここには、クレソン。

牧場を知り尽くしているおやじは、道すがら丁寧に教えてくれた。
やがて『関係者以外対入り禁止』の立て看板を横目に、バイクはこんもり茂った木立に進んで行った。

ポッポッポッポッ…ポ。

「だあぁー、なんてことしやがるんだ」

バイクを降りたおやじは叫んだ。

見てみると、ショベルカーや黄色い重機が木々に乗り上げ、森を切り開いている途中だったのだ。
きっと施設かなにかを作るんだろう。

おやじが言うには、ここは珍しい山菜(名前は忘れた)の採れる秘密の場所だったらしい。

僕はわりとどうでもよかったが、秘密場所を教えてくれたり好意をもってくれてるおやじのことを親しく感じていた。

僕に見せれなくて残念がっていたおやじだが、しぶしぶ帰路についた。


ポッポッポッポッ…
ジャゴジャゴジャゴジャゴ…

大きく緩やかに波打つ牧草地のジャリ道を、2ケツしたバイクが行く。
夕日に変わった太陽はバイクの影をどこまでも伸ばし、この金色の絵を遠くから撮った写真家がいたとしたら大賞をとっていただろう。

おやじは入り口まで乗せてもらってお礼を言う僕に、すぐ近くのスーパーのお惣菜コーナーで働いているから今度遊びに来いと言って去っていった。

あの人、牧場の関係者じゃなかったのか…


その晩、僕は仲間を集めて盛大に『つくしパーティー』を開いた。
ばあちゃん秘伝の味付けを電話で教わったのだが、アク抜きを忘れて翌日全員お腹をこわした。


数日後、僕はスーパーのお惣菜コーナーに行ったのだが、おやじの姿はなかった。



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【東京は桜上水。季節のバトンタッチ。】



桜がこれでもかっていうほど舞い散り、やがて水仙が咲きはじめるこの頃、僕はよりリアルに岩手牧場を思い出すんだ。


ポッポッポッポッ…

大きく緩やかに波打つ牧草地の斜陽の中を、バイクが行く。
もしかしたら今頃、おやじは新しく見つけた『秘密の場所』に向かっている途中かもしれない。




おわり




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【光降る。小さな鈴の中が見たいんだ。】



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【花びらに混じってたまに落ちてくる。スズメのいたずら】

こんなのがクルクルと落ちてきたら、見上げれば大抵スズメがいるよ。
チュン、チュンとくちばしで切って遊んでるんだ。
クルクル回るのが楽しいっちゃろうね。

関東では桜も散って、花々の季節。
春はさらに進みます。

はやいなー。

by ariken-essay | 2008-04-08 16:52  

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